YAMADARIUM

本棚「逃げていい」の棚

逃げていい

Lighter Than It Looks

Yamadarium

重い知らせを待つ午後、手のひらの綿毛は、どこまで飛んでいくと思いますか。

一

この本について

母の手術を待つあいだ、病院の駐車場の縁石に座り、綿毛を飛ばす人の歌です。

消毒ジェルと、刈った草の匂い。ガラスの自動ドアを出て、車が行き交うそばに腰を下ろす。手には、呼ばれたら震える呼び出しブザー。駐車場のふちに、誰も植えていない白くまるい綿毛がひとつ立っています。

ひとつつまんで手のひらに載せても、重さは何も感じない。手を開くと、ほんのわずかな何かに乗って、並ぶ車の列を越え、救急車のそばを、まだ知らない知らせが詰まった7階の上を越えていく。レンガと鉄のかたまりは、今の私と同じくらい重いのに。

母さんに教わったとおりに、残りの綿毛も摘んで飛ばす。来年の4月、どこかの庭で、ここから始まった黄色い花を、誰かがそっとよけて歩くかもしれない。重い知らせでも、そうでなくても。重さと軽さを両方抱えたまま、ブザーの震える手で立ち上がるまでを描いた一冊です。

二

見方を裏返す

表は、よくある見方。裏には、この詞の見方が書いてあります。

歌詞の中の、その一節へ

三

本文

読み進めるほど、言葉に灯りがともっていきます。心に残った行は、押すと栞をはさめます。金色の言葉は、ほかの本につながっています。

54 行

Hand gel and cut grass,(消毒ジェルと 刈った草の匂い)sliding doors of glass,(ガラスの自動ドア)Mom's , two,(母さんの手術 2時)I walk out and sit where all the cars go past.(外に出て 車が行き交うそばに座る)

Curb is where I land,(縁石に すとんと座る)buzzer in my hand,(手には呼び出しブザー)weeds along the lot,(駐車場のふちに 雑草)where a stands, pale and round and unplanned.(ぽつんと 白くまるい綿毛 誰も植えていないのに)

Pick it. Hold it still.(摘んで じっと持つ)Pinch one off, until(ひとつ つまみ取ると)it sits on my palm,(手のひらに載る)I can't feel it, not a tickle, not a chill.(何も感じない くすぐったさも 冷たさも)

It was never thrown,(投げられたんじゃない)it was never shown,(道を教わったんでもない)lighter than it looks,(見た目より ずっと軽い)and it knows a road that I have never known.(私の知らない道を 知っている)Open up my palm,(手のひらを開く)nothing pulls, all calm,(何も引かない ただ静か)it rises on the littlest thing, on its own.(ほんのわずかな何かに乗って ひとりでに昇る)

Over row on row(並ぶ車の列を)of the cars it goes,(いくつも越えて)by the ,(救急車のそばを)over seven floors of news I still don't know.(まだ知らない知らせが詰まった 7階の上を)

All that brick and steel,(レンガと鉄のかたまり)heavy as I feel,(今の私と同じくらい重い)and it doesn't care,(なのに 気にもとめず)goes up over all of it, and that's what's real.(そのすべてを越えていく それが 真実なんだ)

Buzzer hasn't buzzed,(ブザーはまだ鳴らない)nothing's what it was,(何もかも もう前とはちがう)two more on the stem,(茎には あとふたつ)and I pick them like she taught me, like she does.(母さんに教わったとおりに いつも母さんがするように 摘む)

I just watch them stray,(ふわりと離れていくのを ただ見てる)one, and two, away,(ひとつ ふたつ 遠くへ)lighter than it looks,(見た目より ずっと軽い)the heaviest afternoon can't make them stay.(こんなに重い午後でも 引き止められない)Small things travel far,(小さなものほど 遠くへ行く)over every car,(どの車も越えて)maybe I'm not heavy as I've felt today.(今日の私も 思ってたほど 重くないのかも)

Next April, somewhere,(来年の4月 どこかで)by a garden chair,(庭の椅子のそばで)someone will slow down,(誰かが足をゆるめて)step around a that started here.(ここから始まった黄色い花を よけて歩く)

They won't know my name(私の名前も知らない)or the day I came(ここに来た日も)or who I waited on,(誰を待っていたのかも)but they'll leave it be, and I'd have done the same.(でも そっとしておいてくれる 私だって そうしただろう)

Buzzing in my hand,(手の中で ブザーが震える)I get up to stand,(立ち上がる)lighter than it looks,(見た目より ずっと軽い)walking in on lighter feet than I had planned.(思っていたより 軽い足取りで 中へ)Whatever they've got,(何を告げられても)heavy news or not,(重い知らせでも そうでなくても)hold the heavy and the light, and both will land.(重さも 軽さも 抱えて どちらも ちゃんと降り立つ)

She's awake, they say.(目を覚ましたって)

言葉の寄り道 ・ 語源・本来の意味

救急車

英語の ambulance は、フランス語の「歩く病院」から生まれた言葉

寄り道する

言葉の寄り道 ・ 語源・本来の意味

手術

英語の surgery は、ギリシャ語の「手のわざ」から生まれた言葉

寄り道する

言葉の寄り道 ・ 語源・本来の意味

タンポポ

英語の dandelion は、フランス語の「ライオンの歯(dent de lion)」から生まれた言葉

寄り道する

言葉の寄り道 ・ 歌詞の解剖

綿毛

タンポポの綿毛の上には、毛から離れて浮かぶ、輪のような空気のうずができている

寄り道する

四

あとがき

重いことが起きている日に、軽いものに目を向けるのは、どこか後ろめたく思えるかもしれません。でも、タンポポの綿毛は、毛のすき間を抜ける空気がつくる小さなうずに支えられて、遠くまで運ばれていくそうです。重さを持たないことが、そのまま遠くへ行く力になる。手術という言葉も、もとは「手のわざ」という意味でした。誰かの手が重い仕事をしているあいだ、こちらの手のひらには、軽いものを載せていてもいい。重さを手放さなくても、軽さを一緒に抱えていることはできる。そんな午後の過ごし方があってもいいのではないでしょうか。

五

向かいの棚から、一冊

この本とは、少し違う見方の本です。

The Wind Has Somewhere to Be踏み出す読了胸の重さは、ずっとそこに居座りますか。

「逃げていい」の棚の向かいには、「踏み出す」の棚があります。

六

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この本を閉じたら、また本棚へ。