7年ぶりに、サイトを復活させました
気づけば7年ぶりくらいになります。長らく放置していた個人サイトを、このたび復活させました。
きっかけは、実のところとても安易なものです。20代前半までにつくった楽曲が、手元に20〜30曲ほど眠っていました。AIが誰でも気軽に使える時代になり、自分ひとりで表現を完結できるようになった今、「せっかくだし、公開してみるか」と。そんな軽い気持ちで動き出しました。
近所の子どもとギター
ただ、振り返ってみると、もうひとつきっかけがあったのかもしれません。
私が暮らしているのは、いわゆる限界集落です。そんな場所で偶然にも、近所の子どもがギターに興味をもち、弾き方を教えてあげるようになりました。
目を輝かせて、一生懸命ギターを弾けるように練習する。その姿を見ていると、微笑ましい反面、自分の老いと、置き去りにしてきた後悔に真正面から向き合わされた気がしました。
音楽には「物語」が必要だと思っている
私は、音楽には「物語」が欠かせないと考えています。耳で聴くだけでなく、そこに映像が付与されることで、はじめてリスナーの記憶に残るのではないか、と。
ゲーム音楽は、目で感じる物語があってこその真骨頂です。アニメや映画も同じで、「視覚」と「聴覚」が合わさることで「この曲いいね」という感情に昇華されているのだと思います。もちろん、ライブによる生のパフォーマンスも同様です。
感動を耳だけで完結させるのは、実はとても難しい。
「今更」という言い訳
夢という道が輝いて仕方なかった20代前半とは違い、年を重ねるほど、さまざまな経験や体験がマイナス方向に働くことがあります。
「今更」という言葉。結局は行動に移さないための体のいい言い訳だと、頭ではわかっているんです。それでも、その言い訳を上回るだけの力が自分の中からなくなっている。そう気づいたときには、もう40代を迎えていました。
こうなると、あとは他者にお願いするしかありません。誰かが「お前の曲は最高だ!やろうぜ!」と言ってくれるのを待つ状態です。でも、そんなことが起こる確率は、グリーン・デイのビリーが私を認知してくれる確率よりも低いでしょう。
“その気になる”というのは、本当に大切な感情なんだと、つくづく思います。
心が折れるまで、やってみる
だから、自分でその気になるしかない。
どこまで持続力が続くかはわかりません。それでも、とりあえず心が折れるまではセルフプロデュースをしていこう。そう覚悟を決めました。
「良い曲」より「誰がつくっているか」
これを機に、戦略というほど大層なものではありませんが、「どうやってアプローチしていくか」を考えてみました。
まだしばらくはSNSの時代が続きそうです。そうなると、「良い曲」であること以上に「誰がつくっているか」が必要になります。つまり、セルフプロデュースを第一に考えなければならない。
正直に言って、これは曲を完成させることよりもずっと難しい。自分を客観視するというのは、想像以上に骨の折れる作業です。
東京から、岡山の限界集落へ
少し自己紹介をさせてください。
私は都会で生まれ、20代までを東京のど真ん中で過ごしてきました。そして30歳を過ぎてから、岡山県の山奥、限界集落ともいわれる集落の古民家に移住しました。
理由はシンプルです。「仕事もない、若者もいない場所って本当に生活するの大変なわけ?」。それを確かめたかったから。詳しい話はここでは割愛しますが、気づけばもう10年近く住んでいます。
とはいえ、田舎暮らしをされる移住者の方々が描くような「スローライフ」を目指しているわけでもなければ、田舎で田舎らしい生き方を目指しているわけでもありません。
移住前からネットで仕事ができていたこともあり、ここでは一から飲食店をはじめたり、廃校を利用して人を誘致したりしてきました。「田舎でも、これからの時代はスマートな生き方ができないだろうか?」。そんな疑問を糧に、生活を続けています。いまは自然のなかで作曲やソフトウェア開発をしつつ、時間があるときには野菜づくりなどもしています。
生き方と作品のマッチング
だから、私のセルフプロデュースとは、きっとこの「生き方」と「作品」とのマッチングなのだろうと思っています。
このサイトでは、自分でつくった音楽やソフトウェアといった作品の公開と、日常の田舎暮らしに関する所感を、自己アピールとして発信していきます。
とはいえ、日本全国の限界集落を歩き渡ったわけでもないので、見方に偏りはもちろんあることでしょう。なので、もし興味がわいたら、ぜひ私の暮らす地域一帯に興味をもってください。
おわりに
稚拙ながら、マイペースに更新をしていきます。
今後とも応援のほど、よろしくお願いいたします。